【0225】「わたあめの恋」表紙画像


「飴川さん。キスしよう?」


 雨上がりの帰り道。
 高架下からすぐの公園まで来たところで、綿貫さんが、内緒話をするようにこう言った。


「うん」


 と、一も二もなく頷いたが、綿貫さんとキスがしたいせいで、あまりにも素直すぎる自分は、なんだかまぬけだ。
 綿貫さんに恋をしてから、わたしの心はずっとふわふわ、きらきらしている。
 少し前までのわたしは、外でキスをするなんて、一生ありえないだろうという毎日を送っていた。
 人生の暗い季節をトンネルに例えるなら、わたしは生涯そこから出られない。
 ずっとじめじめとした光のささない世界で、一人孤独に生きていくのだと、そう思っていた。
 にもかかわらず、今のわたしの隣には、こんなにかわいい綿貫さんがいる。
 もしかしたら夢なのかもしれないが、これは思ったよりも長く続いている夢だ。
 ならばこのまま夢の世界にいたいと、わたしは思っている。


「目を閉じて」


 綿貫さんがそう言い、わたしが従う前には、もう唇が触れた。
 綿貫さんはこうなのだ。
 わたしが不意を打たれてドキドキして、息をのみ、慌てて、恥ずかしがる様を見るのが好きなのだ。
 それをわかっていて従う、わたしもわたしだ。
 わたしはこの人に翻弄されていたいのだ。
 この新しい世界に、ずっと驚いていたいのだ。


「飴川さんはかわいいね」


 じんわり滲む視界で、綿貫さんが微笑んだ。
 綿貫さんのせいで甘い涙に濡れた世界は、淡くゆるやかにきらめいている。
 ありふれた児童公園まで特別な世界に変えて、わたしの呼吸さえ奪っていく。
 この恋はわたあめだ。
 唇で触れると、とろけるように柔らかくて、舌でそっと舐めとった途端、甘ったるく、じゅわっと縮む。


「好き」


 あぁ、ずっと、この世界にいられますように。


「わたしもです……」


 息をするのもやっとなほど、胸いっぱいなまま。
 わたしは勇気を出して、そっと綿貫さんの手を握った。


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■表紙素材:ヒアルロン酸 様

■お題:「フリーワンライ」第119回より

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【1218】サイズダウン版ジャケットイラスト
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