私が体調を崩したと言って保健室に隠れたら、それが私たちの合図なのだ。
私は白いカーテンの内側に入り、ベッドに横たわって目を閉じる。
すると、伶奈(れな)さんがやってくる。
そして、眠ったふりをする私に優しくキスをしてから、長く伸ばした私の髪の毛をそっとよけ、ブラウスのボタンを静かに外して、私の血を吸うのだ。
〝無償でお願いなんてしないわ。
一度血を頂く度に、貴方のお願いを一つ聞いてあげる"
私に正体を打ち明けたその日、伶奈さんはこんな提案をした。
それは魅力的な誘いだった。
伶奈さんのような美しい吸血鬼に血を捧げるだけでなく、お願いまで聞いてもらう。
それは夢のようなことに思えた。
私の頭には即座に様々な欲求が浮かび、でも、それは果たして叶えてもらってもよいものかと迷った。
たとえば悪いお願いをしたら、伶奈さんは呆れて、去ってしまうのでは思ったのだ。
「キスがしたいの?」
ようやく私がお願いを口にした時、伶奈さんは『そんなことでいいの?』と、不思議そうな声音で尋ねた。
私は黙って頷き、今日に至る。
私は昔から感情を表現するのが苦手だ。
だから伶奈さんには、今も私が、無償に近いお願いで血を提供している、危篤な女に見えるらしい。
「貴方が良い子でよかった。
あの日本当は、いけないお願いをされたらどうしようかと思っていたの」
今日もたっぷりと血を吸ったあと、伶奈さんは唇についた私の血を指で拭い、舐めながら言う。
いいえ、私は悪い子です。
伶奈さんが受け入れられるギリギリのお願いを探して、欲求を満たしながら、いい子を演じるのもやめようとしない、私は悪い子です。
だって、私は伶奈さんに他の人のところへ行って欲しくない。
伶奈さんが他の子の血を吸うなんて耐えられないから、献身的なふりをして、興味のなさそうな無表情を装って、あなたの訪れを心待ちにしているんです。
「……伶奈さん」
「なあに?」
「もう少し、血を吸って行ったらいいんじゃないですか」
「じゃあ、お願いももう一回聞かないとね」
さっきまで私の首筋に噛みついていた唇が近づき、私はそっと目を閉じる。
私のお願いはいつまで聞いてもらえるだろう。
考えるのも怖いから、私は黙ってその背中にしがみついた。